東京地方裁判所 昭和59年(特わ)479号 判決 1984年6月08日
裁判所書記官
安島博明
本籍
東京都文京区根津一丁目二一番
住居
同 区根津一丁目二一番一一号
会社役員
近藤恭弘こと
近藤清吉
大正一三年七月一日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官三谷絋出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
一 被告人を懲役一年二月及び罰金二六〇〇万円に処する。
二 右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
三 この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、ニューロング株式会社の代表取締役としてその経営に従事するかたわら、営利を目的として継続的に株式売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右株式売買の一部を他人名義で行うなどの方法により所得を秘匿したうえ、
第一、昭和五五年分の実際総所得金額が八四六四万八三八一円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五六年三月三日、東京都文京区本郷四丁目一五番一一号所在の所轄本郷税務署において、同税務署長に対し、同五五年分の総所得金額が二七五八万三五一二円でこれに対する所得税額が二六六万八〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五九年押第六〇六号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額三九二〇万五一〇〇円と右申告税額との差額三六五三万七一〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)を免れ
第二、昭和五六年分の実際総所得金額が九一六二万六〇一〇円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五七年三月二日、前記本郷税務署において、同税務署長に対し、同五六年分の総所得金額が三三六四万五七八九円でこれに対する所得税額が四八〇万七八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額四三一八万二四〇〇円と右申告税額との差額三八三七万四六〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)を免れ
第三、昭和五七年分の実際総所得金額が七三五五万三七六三円(別紙(三)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同五八年三月一〇日、前記本郷税務署において、同税務署長に対し、同五七年分の総所得金額が三七一九万二三円でこれに対する所得税額が六六〇万一七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二九六一万六六〇〇円と右申告税額との差額二三〇一万四九〇〇円(別紙(四)税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書
一 田中昭の検察官に対する供述調書及び収税官吏に対する申述書
一 収税官吏作成の次の調査書
配当収入調査書
株式売買益調査書
株式売買回数調査書
株式取引経費調査書
判示第一の事実につき
一 押収してある昭和五五年分確定申告書一袋(昭和五九年押第六〇六号の3)及び同収支明細書一袋(同押号の5)
判示第二の事実につき
一 押収してある昭和五六年分確定申告書一袋(同押号の2)及び同収支明細書一袋(同押号の6)
判示第三の事実につき
一 押収してある昭和五七年分確定申告書一袋(同押号の1)及び同収支明細書一袋(同押号の7)
(法令の適用)
一 罰条
判示第一の所為につき、行為時において昭和五六年法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一、二項、裁判時において右改正後の所得税法二三八条一、二項(刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑による)
判示第二、第三の各所為につき、右改正後の所得税法二三八条一、二項
二 刑種の選択
いずれも懲役刑及び罰金刑の併料
三 併合罪の処理
刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(刑期及び犯情の重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項
四 労役場留置
刑法一八条
五 刑の執行猶予
刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、工業用ミシンの販売会社の代表取締役をしている被告人が、個人として営利を目的に継続的に株式売買を行い、それによって得た三年分の株式売買益の全部及び配当収入の一部を申告せず、その結果合計九七九二万円余の所得税を逋脱した事案であって、その額はかなり高く、逋脱率も約九三ないし七七パーセントに達しているうえ、被告人は、これまで長期間株式売買に従事し、課税要件を充たす年度が継続しながら、一度もその利益を申告したことがなく、所得秘匿の方法をみても、配当額から株式売買が把握されないよう妻や親族名義の取引口座を開設して売買を分散させるなどしており、本件の犯情には軽視し難いものがあり、弁護人主張のように、これらの株式売買が証券会社の社員に一任して行われていたとしても、犯意や動機の点で特に被告人の刑責を軽減せしめる事情とはみなし難い。
しかしながら他面、被告人は、本件が発覚してから強く反省し、捜査、公判を通じて一貫して事実を認め、今後の株式売買においては被告人個人として特別に依頼した専門の税理士に相談して適正な方法を講じ、再び同様の犯行に及ばないことを誓っていること、また被告人は、本件を含む五年分の所得につき修正申告をして、本税、延滞税、住民税を完納し、加算税については今年七月末日までに三回に分割して支払うべく約束手形を納付委託していること、被告人には前科前歴がないことなど被告人に有利な事情も認められるので、これら諸般の情状を総合して、主文のとおり量刑する。
(求刑 懲役一年二月、罰金三〇〇〇万円)
(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 田尾健二郎 裁判官 石山容示)
別紙(一) 修正損益計算書
近藤清吉
自 昭和55年1月1日
至 昭和55年12月31日
<省略>
別紙(二) 修正損益計算書
近藤清吉
自 昭和56年1月1日
至 昭和56年12月31日
<省略>
別紙(三) 修正損益計算書
近藤清吉
自 昭和57年1月1日
至 昭和57年12月31日
<省略>
別紙(四) 税額計算書
<省略>